四柱推命の獅子

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四柱推命プログラムについて

この四柱推命プログラムは、【姓名判断の虎の舞】の管理人である青山昂史、私自身が作成したものです。

上記の生年月日入力欄にご自身の情報を入力していただきますと、あなたのもって生まれた生命エネルギーとも言うべき先天運を知ることができます。よくある四柱推命占いの結果ページとは違い、基本性質・吉凶・神殺などの説明はしておりませんが、これはコンピュータープログラムの自動判断における安易な推測を避けるためです。

なぜなら四柱推命は姓名判断とは違い、一つの格や配置でもって吉凶や性質を論じることは、往々にして的外れな結果を生じることになるからです。このため、判断のための材料のみを示したわけであります。しかしながら、四柱推命で先天運を推し量る際の材料は全て揃っていますから、後は判断のための知識や洞察さえ明瞭になれば、これだけで十分なわけです。

ところで判断のための材料としましては、十二運(十二生長)や十干・地支の生剋関係も一応載せてはおりますが、本来は四柱推命とは八字のみで判断をするものです。特に十二運や神殺或いは空亡といった情報は、これまでの日本式四柱推命の誤った見解によって、過剰に重要なものと認識させられてきた感じがありますが、むしろ正しくその者の運勢を導きだそうという場合は、それらの枝葉の情報は全然無いほうが理解がしやすく、なおかつ的中率も高いと私は考えます。このため、四柱推命に関しましては余計な情報を極力排除してシンプルにしています。

しかしそれにしたって、全く四柱推命を知らない方が見れば何のことか全然理解できないと思いますので、以下に四柱推命の基本的な事柄や用語を載せておきます。初めての方はまずはそちらをご覧下さい。

四柱推命の概要

八字とは

四柱推命の最も基本的な事柄は八字です。八字というのは年柱・月柱・日柱・時柱のそれぞれ四つの柱に干支を割り振ってできる八つの文字のことです。干支は皆さんもご存じの通り天干と地支からなっています。2017年は【丁酉】の年であり、丁が天干・酉が地支です。では地支とは何かと言うと、これは地球が太陽を一週する時間(空間)を12分割したもので、ご存じの通り子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥という風に絶えず循環しています。さらに地支は四つの季節に分けることが出来、三つの地支がそれぞれ春・夏・秋・冬に所属します。地支は地球上からのエネルギーという意味で地支と言います。

天干は十二支とは違い、十干と言って十種の基本的なエネルギーが循環します。これは甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸で、年柱であれば十年で一周します。天干は文字通り天からのエネルギー、つまり宇宙からもたらされるエネルギーであり、これが地支のエネルギーと相互に交わってその中間に存在する私たち人間や事物に影響します。十干と十二支が互いに循環するわけですから、年を経る毎に一つずつずれが生じ、元(甲子)に戻るのには60年掛かります。ですから年の干支は60年周期で一回りするわけであり、これは言い換えれば60年周期で同じ状況が繰り返される、ということでもあります。

また、年の十二支(月柱)は一年で一周します。それぞれ春・夏・秋・冬があります。また月の十二支(日柱)は60日で一周します。60日という範囲の中に季節はありませんが、それでも干支は春・夏・秋・冬のエネルギーがあることを教えています。そして日の十二支(時柱)は24時間で一周します。時柱は2時間単位で一刻、一進します。季節的には21時(亥)から冬、3時(寅)から春、9時(巳)から夏、15時(申)から秋というように、一日の中でも季節が循環していることが分かります。そして最も太陽が高く上がる時は正午(12時)と言いますが、これは最も火が強くなる午の刻の中間時です。※ただし、季節変動や地方時差が起きますので、いつでも正午に太陽が最も高くなるとは限りません。

このように干支は60で一つのセットですから、年単位であれば60年周期。月単位であれば5年周期。日単位であれば2ヶ月周期。時単位であれば5日周期で同じ状況(エネルギー)が繰り返されます。つまり年の干支、月の干支、日の干支、時の干支というように、そのエネルギーはまるで螺旋のように層構造となって渦巻いていることが想像できます。このエネルギーの有り様が、その者が生まれた瞬間にはどうであったかということを知るのが、四柱推命であります。そして生まれた瞬間の地支・天干のエネルギーを知ることにより、その者の一生の運勢やエネルギーの動向を知ることができると考え、八字相互の関連やその後の大運を読むのが四柱推命の本質と言えるでしょう。

五行

四柱推命や姓名判断の最も基礎となる理論に、陰陽五行思想があります。ですから四柱推命や姓名判断において、この五行思想は極めて重要なものであり、むしろそれ無しでは全く意味を成さないと言ってもいいくらいです。なぜなら、すべてのエネルギーがこの五行に属すると考えられるからです。つまり五行は万物の基本的なエネルギーの構成要素とも言えるでしょう。それが木・火・土・金・水の五つのエネルギーです。しかしまずこれを聞くと、自然界の木や火をそのまま思い浮かべると思いますが、これは正しいようで少し違います。もちろん五行思想は自然界にある木や火から連想され、そして抽象化された概念であることに間違いはありませんが、しかし五行を文字通りそのまま木や火だと考えることは誤解を生む恐れ(例えば、金がなぜ水を生むのか?など)があるため、これらは木・火・土・金・水それぞれに似た固有の原始的エネルギーだと考えるのが最も良いでしょう。

そしてこれら五行は、互いに相生・相剋関係にあります。例えば水は木を生み、木は燃えて火のエネルギーとなり、火は土となります。これはご存じのように、木->火->土->金->水->木という流れで相生関係にあります。反対にそれぞれの次の五行を飛ばすと、それは相剋関係となります。たとえば木は地に根を張って土のエネルギーを奪い、火は金を溶かし、土は水を堰き止め、金は木を切り倒し、水は火を打ち消します。これが相剋関係であり、五行の基本原則となっています。さらにこの五行の基本的な原則は当然、自然界の基本的な原則から導きだされたものであるため、あらゆる万物の基本的原則としても考えられるものです。もちろん人間も同様であり、この五行エネルギーの有り様から、吉凶禍福を占うというわけです。

この五行エネルギーは、どのような事物や概念にも存在します。例えば数においては、1と2が木、3と4が火、5と6が土、7と8が金、9と0が水に属しますが、これは五行の循環と合致しています。また、土は事物の中間や土台を象徴する五行ですが、5と6はちょうど1から0の循環の中間に存在しています。さらに五行思想に陰陽を加えることで、1から0までの数に五行と陰陽の属性を割り振ることができます。陰陽とは、すべての事物には全く相反する二つの基本的性質、二面性があると考えるもので、それは男と女、凸と凹、善と悪、表と裏、天と地、黒と白などを考えてみるとすぐに直観されるでしょう。これが五行思想と一体になったものが陰陽五行思想です。数においては奇数が陽、偶数が陰で、これらは数の基本的な性質・エネルギーを物語ります。また、天干・地支のセットは必ずどちらも陰か陽で交わります。例えば【甲寅】は陽、その次の【乙卯】は陰の属性であるという風に、天干・地支のセットにおいても陰陽の区別がはっきり出来るのです。この四柱の陰陽に関しましては、鑑定ページにも八字の下に記載してあります。

五行はこの宇宙にある全ての事物に存在しているエネルギーであり、これが相互作用して一つの生命体を構成しているわけですから、自分がどの五行エネルギーをどれくらいもっているのかを知ることで、これを自身の幸福のために活かすことができるというのが四柱推命のこれまた本質です。例えば火には喜び、明るい、笑い、心臓、赤、夏、南、苦い、血流、舌などの意味があります。ですから火が先天的に強い人というのは、良くも悪くもこれらの事柄と縁の深い人であります。このような五行の性質から、自分という人間はどのような人間か?という本質が浮かび上がり、より良く人生を活きるためにはどのようなエネルギーを取り入れたら良いのか、またどのような考え方をしたら良いのかといったことが明瞭になってくるわけです。(恐らく、あまり火が強い人は、おしゃべりで目立ちたがり屋のお調子者で歯止めが効かない傾向があります。芸能人では、太田光さんなど。)

四柱推命においても、このような五行思想が土台となっています。実際には八字を元にして占うわけですが、全ての天干・地支はそれぞれの五行エネルギーをもつわけですから、これらを五行別に分類して考えます。例えば火の属性には天干では丙・丁、そして地支では巳・午・未・寅・戌がありますので、もしこれらの字が四柱を埋めていれば、その人は火が強いということが一目瞭然です。さらにその火がその者にとって、喜神となるのか、忌神となるのかを判断し、この火に対する考え方を明確にしていきます。そしてその火が命式内においてどのような存在であるかを明らかにしたら、次は用神を定めていくというように、次第に推し量っていくのです。

十干

命式を読む鍵は十干の特性を理解することだと言いますが、その通りだと思います。ここでは簡単に述べるに留めますが、十干にはそれぞれの特性があるのです。

甲は陽の木で大木や木の幹に例えられます。最もよく火を生じ、金を鍛錬する材料ともなるものです。強すぎる水や土を適度に抑えてくれる能力も有し、調候のバランスを取ることにも優れています。性質は陽にして頑健で、プライドが高く、概して実直・真面目ですが、木を生じるものが弱すぎれば細く頼りなく、強すぎれば強情に過ぎるでしょう。

乙は陰の木で湿ですから、草花や木の根などにたとえられます。乙木は甲よりも火を生じる力は弱く、火の材料にはあまりなりません。基本的には性質が柔弱ですから、強く剋されることを嫌います。また、地支に甲があれば、大木につるが絡みついている状態と考えられ、これを藤籮繋甲(とうらけいこう)と言い、衰えにくく吉であります。性質は柔弱ですが、プライドは非常に高く、繊細です。

丙は陽の火、太陽のような明るい火です。この丙は猛烈な火のエネルギーを有していますから、調候を調節するためにとても有用です。特に冬生まれの壬の人などは、丙が特に必要と言えるでしょう。逆に火が強すぎれば、猛烈に過ぎて全てのものを溶かし去ってしまうような存在となり、好ましくありません。実際に火が強すぎる人は感情の制御ができにくく、暴走もしやすいのです。このため日主が丙の人は、火のエネルギーを適度に抑えてくれる壬があるのが良いとされています。性質は大胆で、勢いよく、おしゃべりです。

丁は陰の火、めらめらと燃える炎のような存在です。甲によって引火する特性をもっており、このため丁の人で甲があれば衰えにくく吉です。しかし、例えば寅に加えて午・戌などが揃う場合は、返って火が強すぎ好ましくありません。丁は弱いながらも、凍った土を溶かしたり、金を鍛えたりする能力があります。丁は弱い火ですから、水を嫌います。この点は丙と随分異なると言えます。性質は繊細で、頭が良いでしょう。

戊は陽の土。堅く重い土で、大地や山に例えられます。大地に沢山の事物が生きるように、様々な性質のものを受け入れる度量があり、どっしりとしているのが特徴です。火があって、なおかつ水があれば吸水し、金をよく生じることができるとされますが、反対に水がなく火ばかりであればカラカラに乾いた燥土となり、好ましくありません。性質は器が大きいですが、頑健・強情なところもあります。当然周囲の状況によって性質も大きく変わります。

己は陰の土、田んぼや湿地のような湿った土です。このため水を蓄えることができ、なおかつ木や木の根を養うことができると言われ、重宝されます。この湿土は強すぎる水も恐れないと言われますが、じめじめとした土ですので、あまり水が強すぎれば泥のようになって良くありません。天干や地支に丙があることが好ましく、これによって生き生きとするでしょう。金を非常によく生じます。性質は器が大きく、なおかつ優しさと情を有しています。

庚は陽の金、十干の中でもっとも剛なる干とされています。その性質は刀剣などにたとえられ、概して鋭利で攻撃的です。このため、金が強すぎれば剛毅殺伐となり、また無鉄砲な悪い傾向があらわれます。反対に丁や丙が適度にあり、さらに剣を磨くことのできる水があればなお良いでしょう。湿土がもっともよく金を生じ喜びますが、燥土では力を発揮できません。性質は概して攻撃的で、鋭い気性です。

辛は陰の金であり、黄金や宝石などにたとえられます。柔弱な金ですので、甲を切り倒したりすることはできません。水によって磨かれることを喜び、強い火に剋されることを嫌います。湿土によってよく生じられますが、強すぎると土に埋もれてしまいます。水を生じることをもっとも好み、これによって精練されます。性質は金独自の強情な性質もありますが、柔和かつ繊細なところも有しています。

壬は陽の水で、大河を流れる力強い水にたとえられます。このため水が強すぎると暴走し、全てを流し去ってしまう氾濫の危険があります。このため適度な防波堤(土)や、土を生じる火が必要と言えます。特に丙を喜び、光輝きます。また、水は木を生じますが、壬水は強すぎるため木を生じるには適切ではありません。庚・辛によく生じられ、勢いづきます。性質は急進的かつ淡泊で、頭が切れ、さっぱりしています。

癸は陰の水で、それは雨水などにたとえられます。特に弱い性情であるため、強い土に剋されることを嫌います。水を生じる金や、水の助けが特に必要です。適度に湿り気をもたらしてくれる存在ですので、強すぎる火によって乾いた命には助けとなるでしょう。また、癸は木を最もよく生じます。性質は柔和でやや陰湿ですが、頭がよく理性的です。

地支蔵干

地支には蔵干という概念がありますが、これは単に地支の中に上記で説明した十干が含まれているという意味です。それぞれの地支の中にどのような干が含まれているのかといった問題は、流派によって細かい部分は異なるのですが、基本的なところは同じです。最も重要なのは本気と言って、その地支が含む季節の干であり代表的な干です。私の四柱推命プログラムでは、基本的に以下のような蔵干を採用しています。

(本気・中気・余気)で示します、二つのものは(本気・余気)です。

・寅 (甲・丙・戌)

・卯 (乙・甲)

・辰 (戊・癸・乙)

・巳 (丙・庚・戌)

・午 (丁・己・丙)

・未 (己・乙・丁)

・申 (庚・壬・戌)

・酉 (辛・庚)

・戌 (戊・丁・辛)

・亥 (壬・甲・戌)

・子 (癸・壬)

・丑 (己・辛・癸)

ただし重要なのは、蔵干を意識しずぎず、地支を地支そのものと捉えて判断をするということです。あまり蔵干ばかりに意識をもっていくと、返って判断を誤ることが多いように思うのです。それは、地支そのものに寒暖燥湿も含めた独特の性質があるため、蔵干ばかりに目をやってしまうと、そういった地支そのものの特性が忘れられやすいという点が考えられるかと思います。占い師の中には、蔵干同士が直接作用するように言っている者もいますが、あくまでも地支と地支との関係は地支同士のものと見て考えるのが順当だと私は考えます。

また地支においては、その時期によって蔵干の働きの強さが変化します。たとえば4月の辰は、蔵干として戌・癸・乙を含んでいると考えられていますが、その初旬にはまず乙(節入り後九日程度)が働きだし、次いで癸(その後三日程度)、最後に戌(次の節入りまで)の働きが活発となるのです。土の地支である辰・未・戌・丑は、どれもすべて土の作用は後半頃からですので、土の季節生まれでも初旬であれば、それぞれの季節の干の作用が強いのです。この点は、日主の強弱判断のためにも非常に重要な視点です。

日主

日主とはその者の先天運において、中心的な核となるものです。ご自身の命式を見てください。日柱の天干にあるものが日主です。ですからこの部位に己があるという人は、この己がその人のエネルギーの中心的な核と言えます。そしてこの日主を中心として、以下で述べるような用神や喜神・忌神を取得していきますので、非常に重要な概念です。

また、日主は自分自身とも言うように、この干が自身の性質や性格を象徴しています。しかし、日主が自分自身だと言ってしまうと、他の柱の干との関係が断絶しているような印象を与えてしまうので、この言い方は必ずしも正しいとは言えません。あくまでも自分自身のエネルギーは八字全体であり、日主は体で言うと心臓のような、その人の中心的な核をあらわしているのです。このため、日主を主体としてその者のエネルギーの強弱(これを日主の強弱と言います)を計り、さらにこれを元に吉凶禍福を占っていくというのが四柱推命の本来の手法です。

日主はその者自身ではなく中心的な核のような存在ですから、あまりに日主を特別視した見方もおかしいと言えます。例えば日主が甲だから、甲の性質を100%もつというようなことです。実際には甲の人でも、水が強いのか?金が強いのか?土が強いのか?或いはバランスが取れているのか?で随分とその性質傾向は変わってきますので、その点も考慮しなければならないということです。もし日主が甲でも命式全体で水が強いのであれば、その人は水の性質の方を強くもっているということです。

日主の強弱

下記の項目でも述べますが、用神や喜神・忌神を導き出すためには、どうしても日主の強弱を論じる必要が出てきます。八字を見れば、当然その者の気の流れは一目瞭然となりますが、しかし日主が具体的にどの程度の強さをもっているのかということは、子細に検討しなければならない問題なのです。そして、この日主の強弱ということが、以下の用神を導き出す際の土台となるものですから、これを間違えると全然見当違いの結果を生じることがあり、非常に重要です。

しかし、この重要な日主の強弱ということが、特に日本式四柱推命ではほとんど語られてこなかったため、それを正確に導き出せる人は少ないのが現状です。ましてや、安易な四柱推命プログラムで計られる身旺・身弱の判断は、往々にして間違えていることが多く、それはなぜかと言えば、ほとんどの人は日主の強弱の境が微妙だからです。例えば印綬格で、印である火が沢山あるという人は、それだけで印が大過している、つまり身強だということが誰の目にも分かるものです。しかし大体の人の八字は様々な五行が散らばって存在し、なおかつ合・沖を正確に読まなければならないわけですから、微妙なのです。ですから、この日主の強弱判断ということは、その者の八字を見る際に最も注力しなければならないことの一つと言えるでしょう。

この日主強弱の判断について、幾人かの四柱推命家が数値化して判断をしているようですが、そのような人でも最後の詰めと称して、自らの目で最終的な判断をします。ですから、結局のところ数値で大体の強弱が分かったとしても、重要なのは最後の微妙な部分の判断なわけですから、実はこの数値化もあまり意味はないのです。ただし、やはり原則というものは存在します。従来の基本は月令(月支の本気が日主と同じ五行であること)、特令(日主と同じか生じる五行が沢山あること)、特地(日主と同じ五行の地支がある)などです。詳細は述べませんが、このような原則を加味した上で、後は知識と勘を頼りに日主の強弱を判断します。ここで一つ注意すべきことは、月令です。中には月令を得ていれば無条件に身旺と判断する人もあるようですが、これは大きな間違いだと私は感じています。実際に、月令を重く見過ぎると、当たらないケースが多く出ることに気付き、私は特に月令を重く見ずに強弱を判断しています。

用神と喜神・忌神

あまり言われないことですが、この用神ということが四柱推命では何よりも重要です。この用神というのは、言わばその者の運勢を良くするために絶対に必要な干というものだからです。ですからまずは八字を知ってその気の流れを知ったならば、次には用神を取得するという流れになります。旧来の日本式四柱推命では、比肩や偏印など、主に変通星(生剋名とも)と言われるものに十二運を加えてその者の性質傾向や運勢を占っていたようですが、これでは自分の性質や運勢の何となくの傾向は分かっても、自分の運命の本質や、運命を切り開くために元も重要な干・五行を知ることはできません。用神というのは、自分にとって最も重要な干・五行を知ることなのです。

用神の具体的な取得方法につきましては、あまりに長くなるためここでは説明しません(虎の舞のニュースで四柱推命を取り扱いますので、そこで少しずつ解説を致します)。用神の取得に重要な概念は、日主の強弱と気の流れ、それから沖・合を正確に読むということです。その上で最も繊細に扱われなければならないことが、日主の強弱と気の流れについてですが、これを見誤ると全く逆の、つまり忌神を喜神と取ってしまう恐れがあるからです。ですから用神の取得につきましては、やはり知識もさることながら経験と勘が物を言います。

とにかく用神を取得し得れば、その命運の大半は分かったと言えるということです。もちろん用神が分かれば、そこから喜神・忌神というものも分かっています。喜神は自分にとって喜ぶ、運勢を良くする干・五行。忌神は自分にとって運命を悪くする干・五行のことです。これが分かりますと、例えばいつ頃自分の運命が開花するのか、またいつ頃苦しい時期がやってくるのかといったことが明瞭になるため、心の準備や予防もできるというわけです。また喜神の五行によって、自分がどのような分野で活躍しやすいのかとか、自分が本当は何を求めているのかといったことも、自ずと分かってきます。さらには相性の良い人、家族関係、向く職業、潜在的素質なども、八字から導き出すことが可能です。そして姓名判断においても、この先天的な喜神・忌神を活用することで、さらに良運を得る姓名を導き出すことが可能です。

暖寒燥湿の視点

日主の強弱や用神と同時に、この暖寒燥湿の視点も非常に重要です。一般的に用神とは、日主の強弱から導き出される扶抑用神というものですが、この暖寒燥湿の視点から導き出される用神を調候用神と言います。簡単に言うと、それぞれの命式が暖かいのか寒いのか?或いは湿っているのか渇いているのか?といった視点です。どうしてこのような視点が重要なのかと言うと、それが運勢や健康状態に大きな影響を及ぼすからです。特に暖寒燥湿の視点は、健康運を論じる上で欠かせない視点であり、例えばいくら火が喜神であると言っても、水が全くなければ火は調候の点で忌神ということが言えるのです。

至極簡単に言えば、冬生まれの水の人は、概して命式内が寒いですから暖(火)を必要とします。反対に夏生まれの火の人は、水が来なければ良運には恵まれがたいと言えます。そして人生の上でこの暖寒燥湿のバランスが大きく崩れる時は、体調を大きく崩しやすい時だということです。これは日主の強弱判断だけではなかなか気づかない点ですので、やはり暖寒燥湿は非常に重要な視点だと言えるでしょう。

格局

格局とは、様々ある命式の中から、同じ部分をもつもの同士を型によって選り分ける、つまり分類する方法です。この格局には概して普通格局と特別格局というものがあるのですが、まず普通格局には以下のものがあります。・食神格・傷官格・偏財格・正財格・偏官格・正官格・偏印格・印綬格の八つです。格局の定め方は、例えば月支蔵干の本気に印綬があり、天干にも印があればすなわち印綬格とみなします。この地支蔵干の五行が天干にもあるという視点が格局選定には重要で、最優先されます。ただし、天干に無くても、地支に三合などが揃っている場合は、それを取る場合もあります。

これに対して特別格局とは、上記に当てはまらない場合です。つまり、日主が庚で、酉月生まれの場合などです。この場合、酉の蔵干は辛・庚ですから、日主と同じ五行が蔵干の本気にあることになります。このように日主と同じ五行が月支の本気にある場合(日主が自分の季節に生まれているということ)は、普通格局とはみなされず、特別格局と解されます(※ただし例外もあり)。分類としては、月刃格(月支劫財の場合)、健禄格(月支比肩の場合)などがあり、特別視されます。

その他にも、とりわけ極強・極弱となる場合は、その旺なるものに従うという意味で、特別格局に分類されます。このような命式は、強いものや弱いものに従うという意味で、その最も強なるものを喜神とします。例えば、日主が丙の人で、月令を得、なおかつ命式内がすべて木か火で構成されているという場合は、むしろ火を喜神とします。弱い場合も同じです。これは従格と言います。さらにこの他にも、一行特気格や、化格、曲直格、炎上格、両神成象格など沢山あります。

しかし、このような格がその者の運勢や性質を判断する上で本当に重要になるかというと、実はそれほどならないのです。理由は簡単で、そのような分類がいつも命式のある種の傾向を示しているわけではないからです。例えば食神格であっても、文字通り食神が最も優勢であることもあれば、食神よりも官が最も強くなっている場合もあり、このような場合は格の分類があまり役に立ちません。後者では食神格の性質や傾向よりも、官の傾向が強くなるからです。また、同じ食神格であっても、身強なのか身弱なのかで随分と変わってきます。さらには、食神格であったとしても、それがどの五行なのかによっても変わってくるのですから、もし分類をするのであれば、もっともっと厳密に詳しくやらなければ意味がないのです。要は重要なのは命式全体の流れですから、一部分を主とした格では分類としては収まるものの、それが役に立つことは少ないということです。

ですから、この格の選定ということは結局、単に大ざっぱに分類するというだけに留まってしまいます。もちろんそれぞれの格によってそれぞれの運勢傾向を推測することはできるのですが、それよりもやはり命式全体の気の流れを読んで判断するということが重要になってくるため、それほど重要視する必要はないのです。したがって、私のプログラムでは何々格と格を定めることはやっていません。(流派によっては、格を幾つも定めるところもあります。例えばあなたは食神格、月刃格、正官格だ!など。また、格を定める際、月支ばかりでなく他の地支を参照することもよくあります。)

大運

八字は、その者が生まれた瞬間のエネルギーの有り様でした。それをうかがうことでその者のもって生まれたエネルギーや、性質傾向が分かります。しかし、同じくらい重要なのが大運というその後の運勢の動向です。誰もが気になるのが、自分自身がどのような人生を歩むのかといった運勢の流れですが、それを明らかにしてくれるのが大運なのです。

大運は順回り、逆回りがあります。男性で年干が陽の人・女性で年干が陰の人は順回り、逆に男性で年干が陰の人、女性で年干が陽の人は自分自身の性別の陰陽と年干の陰陽が異なっているということから、逆回りとなります。初めての大運が起こる時期を出すには、順回りの人であれば次の節入りまでの日数を、逆回りの人であれば前の節入りまでの日数を出し、これを3で割ります。余りが出れば1日を4ヶ月として計算しますが、これは3日を1年と捉えるためです。さらに、時間は一刻(2時間)につき十日と計算します。ですから、逆回りの人で前の節入りまでが10日と3時間である場合は、10÷3は3余り1であるため、3年と4ヶ月。さらに(1.5刻)×10は15日ですから、大運が起こるのは生まれてから3年4ヶ月15日後だと分かります。

そうして導き出された大運は、大運が起こる第一運を端緒として、10年ごとに決まってやってきます。つまり、10年毎に大きな運勢の流れが変わるのです。これに加え、毎年の流年運も加わって、その年々の運勢が明瞭になるというわけです。もちろん月運・日運・時間運というものも存在しますが、最も影響力が強いのは大運ですので、運勢の流れにおいては、まずは大運をうかがうというのが筋です。

地支の沖は、円状に並べた地支において、全く反対の位置にいる地支との間で起きる、対立的な関係のことです。例えば子ならその相手は午で、これは互いに冬の真ん中の地支と、夏の真ん中の地支です。五行は水と火の沖ですから、事象としては最も悲惨な事態が発生しやすい沖とされますが、しかし沖を悪い事象とだけ見るのは誤った見方です。偏った見方では、地支に沖があるとその人と人間関係が悪くなるとか、その人が亡くなる、或いは甚大な病気をするなどと見るものもあるようですが、それは非常に狭く特殊な見方です。本来は、沖のあり方から四柱内の流れを読み、それがどのような沖なのかを判断します。このため、沖にも良い沖と悪い沖とがあり、一概に悪いものだと断じることはできないのです。

天干にも剋と沖とがあります。一般には天干には沖はなく、相剋関係のみだと考えられるようですが、以下の関係は沖とみなされます。すなわち甲と庚、乙と辛、丙と壬、丁と癸です。なぜこれらが沖の関係かと言うと、それらは北と南、西と東の方向に位置し、互いに反対の位置にいるからです。これに加え、陰陽の属性が同じ場合、それは沖とみなされます。ですから中間にいる土は沖を起こしません。また相剋関係としましては、甲->戊、乙->己、丙->庚、丁->辛、戊->壬、己->癸が相剋関係に当たります。

沖と並んで重要な概念に合があります。これは十干では、円状に並べて向かいあった干同士が合となります。これは互いの気が引かれ合うことを意味しますが、結合するか否かは八字の並びによります。一般に特別な状況を除いては、合すると合去となり、その結合した干の作用が非常に弱くなります。これも沖と同じで、合の関係だから吉というわけではありません。喜ばしい合も不吉な合もあるということです。一般に不吉な合とは、喜神が合されている場合です。喜神が合にあうということは、すなわち吉神の力が弱くなるということだからです。早世した小林麻央さんも不吉な合をもっていました。特別な場合とは、二つの干が結合して他の五行に化すことを言います。

地支にも合があります。子と丑、寅と亥、卯と戌、辰と酉、巳と申、午と未です。これらの地支が隣り合っている場合は、合する可能性があります。ただし、その隣にまた合する地支がある場合は、合は概して不可となりますが、卯・戌・卯・戌のようになっている場合は、地支すべてが合していると判断します。これらも同様、そのあり方によって吉凶が分かれます。

三合

地支には三合という特別な概念があります。これは十二支を円状に並べた時、ちょうど三角形になる関係です。木の三合は卯を中心として亥・未、火の三合は午を中心として寅・戌、金の三合は酉を中心として巳・丑、水の三合は子を中心として申・辰です。三合も、当然不吉なものと喜ばしいものとがあります。つまり用神が金であれば、金の三合ができる時期は大吉運。その逆は大凶運です。三合ができるから特別な時期だというのは当たっているかもしれませんが、それが良い時期か悪い時期かは喜神のあり方に左右されるのです。

また、三合の一つ欠けたものを半合と言い、三合には及びませんがその五行が強くなります。たとえば午と寅が隣り合っていたり、酉と巳が隣り合っている人は、それぞれの五行が強くなっています。しかし、半合も成立しない場合があることや、非常に弱い場合もありますから、やはり全体を俯瞰して見なければなりません。三合は比較的弱い合ですので、三つの地支の内どれかが沖を受けていれば効果はほとんど無しか、非常に弱いと見ます。また、三合の地支であっても、中心(核)がない場合は半合とは言いません。例えば未と亥などです。

方合

地支において、同じ方向(季節)の地支が集まることを方合と言います。水の方合は亥・子・丑ですので、このような地支が四柱にある人は水がとても強い人です。方合は三合よりも団結力が強い合ですので、ちょっとやそっとの沖や合では弱まりません。もし自分の命式に水の方合があり、なおかつ水が忌神である場合は、この合を解く午が来る時が大きな開運期となります。

刑・害

沖と似た概念に、刑・害というものがあります。害は六つの種類があることから六害とも言います。これは地支の合に対する『害』という意味があります。つまり、子と丑が合を形成する時、子は午、丑は未と沖を起こすため合が破られますが、その斜めの関係である子と未や、午と丑も『害』の関係にあるとして、このように定義されています。しかし、考慮するほどの影響力をもたないため、私は判断の材料にしておりません。

また刑に関しましても、納得できるような理論がないため、私は考慮する必要はないと考えています。人によっては三刑などと言って、非常に怖い物のように言っておりますが、命式全体をよく見て子細に考察・熟慮する必要があると思います。