姓名判断の虎の舞

姓名判断x四柱推命で読み解く堂本剛さんの運命

第二回は最近「突発性難聴」と診断された堂本剛さんの運命を読んでみたいと思います。突然ですが四柱推命では変通星などと言って、比肩や偏印、印綬や傷官などの呼び名で日主とその他の干・地支との関係を語ることが多いですが、その者の命式を変通星のみで語ることは間違いや誤解を生むことに繋がるので注意が必要です。例えば偏印は日主を生じる力が偏っていて強すぎるのであまり多くは要らない、多くありすぎると凶となる等と言いますが、干によってこの偏印の作用は大きく異なります。例えば壬の偏印は庚で確かに生じる力大ですが、丁の偏印は乙で生じる力弱です。丁にとっては甲の方がよく自分を生じてくれるため、この場合においては『偏印の生じる力は大きい』という言葉は間違いとなるのです。では、なぜ偏印の生じる力が強いのかと言えば、それは互いの陰陽属性が同じであるからですが、これが干によって大きく変わってくるのです。

同じように、偏印が強いから一癖あるとか、好き嫌いが激しい傾向があるとか、或いは芸術的な才能があるとかいう見方も、その者の個性を読み誤る可能性が多分にあります。なぜなら変通星だけにとらわれることによって十干の特性を見ていないからです。それは壬の庚による偏印なのか?或いは丁の乙による偏印なのか?そしてその偏印は命式内でどのような働きをしているかということを考えるとき、『偏印』という言葉はほとんど不要になります。つまり十干の特性に目を向けなければ、正確な運命解読はできないということです。

堂本剛さんの命式

さて、早速堂本剛さんの八字を見ていきます。堂本さんは1979年4月10日14時00頃の生まれだそうですが、生まれた場所が兵庫県ですので地方時差はほとんど生じません。ソースは以下ですが、このデータが間違っていなければ彼の八字は以下のようになります。出生時間の分かる有名人まとめWiki

1979年4月10日14時00頃の命式

時柱日柱月柱年柱

日主は丁で、土が重々とあるのが見て取れます。これも初めの非常に大きなポイントは、前回の小林麻央さん同様従格か否かという点ですが、一つ一つ確認していきましょう。土の食傷が大過していますので、論点はこの命式が従食傷格(従児格とも言う)になるのか否かという点ですが、要は従食傷格というのは『食傷に従うしかない』という命です。ですから日主が本当に『食傷に従うしかない』のかどうかを調べる必要があります。ポイントは月支辰の生まれながらも、生まれ日は4月5日の晴明から5日程度しか経っておらず、乙の作用が強いという点です。さらに未という地支が三つもあり、この未は蔵干に丁や乙といった日主を生じる干を内蔵しています。乙は弱いながらも日主を生み、同時に食傷を剋す干ですから、従食傷格の部類からは外れると私は考えます。また未は夏の地支でそれぞれ火を蔵し、天干にも丁があるため、火の力は見た目ほど弱くありません。したがって格は傷官格。

日主の強弱

火の力は弱くはないとは言え、土圧倒的に強いため、当然火の力は土に全て注ぎ込まれます。戊土は乾いた土であり、湿った湿土よりも漏らす力は弱いと言われますが、それでもこれだけ土が強ければ当然火は弱まります。これに加え、土の力を抑制する木の力が蔵干の余気・中気にあるだけと弱いため、相対的に日主の力は弱く、もっとエネルギーが欲しい状態です。よって日主は中弱程度ですが、後の用神の項で説明するように火はあまり要らない命です。

また、日主の強弱だけでなく、命式を自然界のイメージで捉えることも重要であり、四柱推命への理解を深めます。命式をよく見て想像してみます。日主の周囲には火や乾いた土があるだけで、そこには木や水や金(石)は全くありません。木は地支の中に内蔵されていますが、それは根のような存在で表面にはあらわれていないのです。辰は春の地支ですが未が多いため、夏の熱い日差しに乾いた土と、戊に代表されるごつごつとした山がそびえています。このような状態の中に日主『丁』があり、時干にも同じ丁がありますが、これらは火源となる木が弱いために、これ以上土や金が来れば燃え尽きそうな繊細な炎のようです。

用神の取得と喜神・忌神

以上の日主の強弱から、扶抑用神は甲です。甲の働きとしては、日主の丁をよく生じてくれるということに加え、強すぎる土を剋してくれるという良い効果があるため、堂本さんにとっては無くてはならない存在です。同じ木でも乙は印干で火を生じる力も弱いですから、用神として取るには役不足なのです。ここで火は用神とはならないのか?という疑問が湧きそうですが、堂本さんのように普通格局でなおかつ食傷が大過しているような命の場合は、日主と同じ五行の干は概して閑神となります。これは、火が来てもその火は土を益々生じてしまう、つまり日主を助けるというよりも土を生じる方にエネルギーが注がれるためです。ですから火は木と同時に回ってくるなら吉作用がありますが、土と一緒に回ってくる火は忌の傾向があるということです。

さらに調候用神ですが、これは明らかに水です。土が多い命式の場合はその土がどういう土か?を見るのです。堂本さんの命式にあるのは一点の辰と三つの未、それから戊と己が一つずつですが、未と戌は燥土で水の力を奪いますから、相対的に水の力が弱く、調候用神は水です。このため、後で具体的な事象と共に説明しますが、水が不足する時に健康に難があらわれてきます。ただし、日主が丁でしかも弱いため、あまり強い水は必要ありません。喜神は以下です。

上記のポイントは水が閑神という点です。堂本さんにとって水は調候用神でありますが、扶抑の観点からも水は悪くはありません。というのも、水は用神の木を生じる存在であるからです。余気や中気の蔵干とは言え、堂本さんは地支に木を多く持っているため、この木を生じることのできる水は好まれます。ただし強い水、特に強い壬水が来ると火がダメージを受ける心配があるため、癸水が適度に回るのが最も吉と言えます。

大運を読む

これまでの情報を元に大運を読んでいきます。

1歳~11歳【丁卯】
地支ですが卯は大吉運です。固有根として働き、蔵干の木を強めてくれます。天干の丁ですが、これも木と一緒に回っているため良い働きをします。この10年間は恵まれていると言えるでしょう。具体的には概して衣食住の安定、財運の安定、人間関係の安定、環境運の安定などがありますが、もちろん流年運によって喜忌変化します。この時期に堂本さんは『子役として舞台・ドラマ・CMなどに出演していた』そうです。
11歳~21歳【丙寅】
地支の寅は甲をもっており大吉運です。天干の丙は陽火で火のエネルギーが強く、これは命式内の燥湿をさらに燥とするため若干健康運に不安があらわれますが、運勢自体は非常に強いです。この時期に堂本さんはジャニーズ事務所に入所し、KinKi Kidsとしてデビューしています。ちなみに彼は『18歳からの5年間は死にたいと思っていたが、音楽が僕を救ってくれた。音楽やギターと出会えていなかったら、僕はもう居ない。』とありますが、この5年すべてに忌神の土・金が回ってきています。しかし寅の印が救いとなります。
21歳~31歳【乙丑】
地支の丑は未と沖の関係にありますが、未は三つもあるため沖去とはならず固有根となります。このため、丑は日主・丁のエネルギーを強く奪います。地支は凶。天干の乙は丁を助け、土を剋す作用あるも弱いため、この大運はやや凶の傾向があります。日主の生じること大過となりますから、過労から健康を害したり、精神的に参ったりしやすいでしょう。ちなみにウィキペディアに『2000年夏のコンサートツアーにて、ナゴヤドームでの第1部公演の途中に、過呼吸の大きな発作に見舞われる。』とありますが、この年はこの大運に入る直前の【庚辰】運でした。しかし、天干・乙のおかげで、最悪の事態にはならずに済む大運です。
31歳~41歳【甲子】
地支の子は辰と半会し水の力を増します。この作用は吉。天干の甲は用神ですが、己と合して力が出せないため吉作用弱いです。しかし全体的に見てまずまずの良運です。水があるため、健康運もそれほど悪くはなりませんが、後で説明するように流年運によって吉凶上下します。流年運に木が回ってくる時は大吉ですが、土や金が回ってくる時はやはり運勢が低迷します。

とりあえず現在運までを説明しましたが、後の姓名判断の項で説明するように、堂本さんは晩年に非常に悪い運が回ってきます。

堂本剛さんの健康運・精神面をうかがう

堂本さんは健康運の弱い人です。それは先天運において土の食傷が大過して日主が弱っているからであり、加えて調候のバランスも欠いているからです。健康としてはまず、火の力が弱く木が不足しているため、当然のことながら火のエネルギーが強く奪われる時に状況が悪化しやすいのですが、健康面においては調候の方に重きをおきますから、ここでは彼の調候用神である水を中心として運勢を見ていきましょう。

水が不足するのは夏です。ですから水が調候用神の人は、概して夏に体調を崩しやすいのです。彼が過呼吸の大きな発作に見舞われたのも夏でした。また、最近では突発性難聴に見舞われましたが、これに気づいたのが2017年6月20日ごろということだそうですが、その時の三柱は以下のようになっています。

日柱月柱年柱

どうでしょうか。水の気が全くありません。加えて時間的には、水を調候用神とする方はやはり夏の時間である午前9時~午後3時頃の間に体調の異変が起きやすいでしょう。堂本さんであれば金も忌神ですから、昼頃から夜9時頃にかけて疲れやストレスを受けやすく、そして体調を崩しやすいのです。ちなみに私の妻は金が強烈に強く忌神なのですが、大体偏頭痛を訴えるのは金が強くなる午後3時から夜にかけてです。

突発性難聴ということですが、器官は耳です。耳は正に水の五行に象徴される部位で、上記の時間は水が強烈な火によって乾ききった状態ですから、その水が象徴する耳に難があらわれたと考えることができます。この改善方法は、後に説明するように、姓名において用神をよく配することです。これにより、流年運によって多少悪い運が回ってきたとしても、それほど運勢衰えずに済むようになります。

さらに堂本さんの精神面に関してですが、ウィキペディアには『元々人前が苦手で何かあると胃薬を服用することが多かったが、芸能界活動に対するストレスから、CDデビューしたての頃に過呼吸を発症。』とあります。堂本さんの命式における精神面に難が生じやすい兆候は二つあります。一つは食傷が大過しているということと、土多であるということです。食傷とは、単に生じる五行のことです。日主のエネルギーを漏らして生じるわけですから、これが大過している人は、健康面もそうですが精神面も弱い傾向があります。当然のことですが、流年運などでさらに食傷が回ってきますと、もっと悪いことになります。しかし、それでは食傷を剋す印が強ければ精神が強い人なのか?というのも違います。逆に印が大過する場合も精神面弱くなる傾向があります。つまりバランスが非常に重要ということです。

二つ目は土が感情においては『思』をあらわすからです。ですから命式の構造にも左右されますが、土が多すぎる人というのは考えすぎたり悩みが深い傾向にあり、つまり思念が多すぎるために精神を弱めやすいのです。この改善方法は土を剋す木を用いることです。特に土が忌神となっている人は、悩みやすく落ち込みやすい傾向があります。堂本さんは自殺願望があったようですが、これにはやはり土多が関係しているということです。さらに胃を象徴するのも土で、胃はストレスと密接な関係にあると言われていますが、これにおいても土多の人はストレスに弱い(胃が弱い)傾向があることが分かります。また土多の人は太りやすい傾向にあります。(※元々土多でなくても、大運や流年運によって土が非常に強まる時は、ストレスなど要注意です。ただし、土が喜神であれば大丈夫。)

ちなみに来年は【戊戌】という60年に一度の大変土の強い年ですから、土が重く忌神となっている人は、堂本さんを含め警戒が必要です。特に7月から10月頃にかけて最も土の作用が強まります。

堂本剛さんの姓名

最後に堂本剛さんの姓名と改善点を示して終わりにします。見ての通り凶数が多く、三才も悪いですから、運勢の浮き沈みは非常に激しいでしょう。前運・副運・総運に薄弱かつ暗い数があるため、人が苦手というのも頷けます。特に外格に12や22を有する人は、人に対しては引っ込み思案で打ち解けにくい性情です。これに加え、人格・外格関係の相剋があるため、人付きあいにおいてかなり気苦労しやすいことが見て取れます。

先天運との兼ね合いですが、天格・人格・総格に忌神の土、地格・外格に喜神の木と、総じて忌神の力が強いため吉運を発揮しにくいでしょう。特に天格・人格に忌神の土が重く重なっているのが悪く、これが土多の傾向をさらに強めます。地格に用神の甲があるのは救いですが、土を剋す構造となっており良いとは言えません。また外格の陰木も弱い木です。さらに健康運を向上させる調候用神の水が全くなく、健康運が不安です。大運などで水・木が回ってきている時は比較的良いですが、水が消えると途端に健康を害する暗示ありです。

そして気になるのは総運の26という運です。この数は大凶運として知られ、この数が総運にある人は特に晩年において大きな災厄や不運に見舞われる暗示がありますが、堂本さんの先天運における晩年運はどうなっているのか。見てみると、61歳から忌神運である【辛酉】、71歳から大忌神運【庚申】が回ってきており、姓名と合わせると後年非常に不安です。具体的には金は財の運勢ですが、忌神で土に生じられ大過しますので、財に困窮する暗示があります。例えば仕事を失う、大きく健康を害して働けなくなる等、かなり悪い方向へ境遇が変化しやすい時期です。

ですから良名への改名が必要ですが、堂本姓であれば堂本 ⑱⑬のような姓名を用いるのが最良と言えるでしょう。日主を助ける木・火が強く、姓名の構造が良いため現在よりも確実に強運を享受できます。もちろん精神面も強化されますが、調候の水がないのが健康運という点で少し不安です。しかし大運をうかがってみると、41歳~61歳まで水が回り、その後も金は水を生じますから、調候だけに限って言えば大きな不安はありません。そのため、上記の姓名でも決して悪くはないのです。調候の水に関しましては、堂本姓は天格が土であるため、水をどこかに入れるとなると三才が崩れてしまいますから、これ以上の良名を求める場合は姓を変えて別の芸名を考える必要があるということです。